banana

*ネタバレ注意

北海道・札幌在住のライター、渡辺一史氏のノンフィクション作品。
2003年3月に北海道新聞社から単行本で発売された今作が、2013年に単行本として発売されました。

進行性筋ジストロフィーという病気を患う、鹿野靖明氏(享年42歳)の生き方、そして鹿野氏を中心として形成されていくボランティアとの人間関係を丹念に見つめ、のボランティア同士でやりとりされた「介助ノート」を通してボランティアと障害者の「本音」、そこからおのずと浮きあがる日本の介護問題を描く。


そもそもこの本を手にとったきっかけは、冒頭エピローグの筆者の立場でした。

「専門分野も、得意分野もとくにない。(略)ほとんど無条件、無計画、無秩序的に。雑多な文章を書いては糊口をしのいでいた。しかし、非才ゆえに仕事は少ない。少ないわりに、気に入らない仕事は引き受けたくないという生来の怠け癖から、生活はいつも厳しい」

今の自分とぴったりリンクする部分が多い。
その筆者が対峙した仕事が「障害者」と「ボランティア」の問題。
重い。重すぎやしないか。
でも筆者は編集者の「元彼女が書いた会報があるから」「その人んちの玄関に、厚底グツが並んでるんだよ」などなどの気になるキーワードに、興味が押さえきれなくなり、鹿野氏の家を訪問し、そこから濃密で、苦悶の年月を過ごすことになる。


「障害者」「ボランティア」「介護」というキーワードを扱う話や本、物語は大抵「=感動」につながることが多い。
生きるって素晴らしい。
四肢が動かなくても、前向きな姿勢があれば生きていける。
心身を削ってボランティアすることの美しさ。
しかし、この本で描かれているのは生身の人間同士の関係。
そこには嫌味、悩み、性、ぶつかりあいがくまなく存在する。

主人公の鹿野氏の病は知っている人も多い難病で、知っていれば自立生活というものはできないものと思う。しかし鹿野氏は「障害者の自立」を目指し、ボランティアと自身の「生きる」という強い意志を武器にして自立生活を行う。

「生きる」ことにためらいはない。
彼が常に募集をかけ、集められた赤の他人同士でもあるボランティアたちに、彼は自分のしたいこと、食べたいこと、不満をどんどん吐き出す。

健常者ができることを障害者がするということには、とてつもないお金と時間、何よりサポーターがかかせない。食べるのも、お風呂に入るのも、排泄も、そしてオナニーするときも。
そして、24時間要介護の彼には、一人でいられる時間がない。

ボランティアたちの中で崩れていく従来の「障害者」のイメージ、とまどい。
やがて彼を「障害者」ではなく、一人の男性として接していく。


障害者はどう生きるべきか。健常者は何をすればいいのか。
介護の本来の姿とは何なのか。
「生きる」ということはどういうことか。

人間として生まれたからこその根本の苦悩。
それでも生きていくための覚悟。

名著です。
日本国民全員が読むべき本だと思いました。


夏休みの読書感想文で困っている学生さん。
この本を大推薦したい。

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