ハピネス


※ネタバレ注意※


ガロ出身の漫画家、古屋兎丸の短編集。


 悪魔に恋する女子高生「あくまのうた」、一途に雲を信じて生きる女の子爐◆爾鍬瓩諒語「雲のへや」、幼なじみ男の子2人の恋と友情「インディゴエレジィ」など含め8話の主人公たちは素直で、自分の好きなことに正直で従順だ。だからそれしか見えず、それを利用しようとする、さえぎろうとする人たちに翻弄される。
 騙されてもけなされてもバカにされても、信じたものを胸に大事に抱えて立ち上がり前を歩く姿は、見ているこっちが切なくて苦しくなってしまう。だから読み終わった直後は、もう読めないなと思った。
 
 でもよく考えてみると、本当は「まぶしくてうらやましい」から読みたくないと思ったのが本心かもしれない。いつのまにか好きなことを信じること、それを信じる自分もあきらめていく。情けない状況を私は認めてしまっているのが嫌でもわかってしまうから。
 でも確かに、主人公らのような時間を生きたはずだ。
 「見栄」におびえたり、「世間」「常識」といわれるものにぶつかってケガをして、嫌になって悔しい思いをしても笑っていけたことがあったはずだ。

 これからもきっと何回もこの本を読んでしまう。
 青臭くて、純粋に「好き」な何かを信じていた自分がいたことを忘れないように。それを今の自分の中にもう一度その気持ちを大事にさせるために。

事件の核心

このタイトルなのに、オビには「二十世紀最高の恋愛小説」と書かれている。
 物語は、戦中の西アフリカの植民地で警察副所長を務める男が、妻のほかに若い女性と恋に落ちて三角関係になってしまう。これだけ読むと、ただの不倫話かー、と思うが(私も本の裏に書かれてある説明を読んでそう思い、買った)他の恋愛小説と違うのは、男がクリスチャンであること。だから普通の人以上に男は延々と苦しんで悲しむ。
  
 532ページ以上にわたって書かれている大半は男の葛藤、苦悩なのだがクリスチャンではない私にとっては「深刻に考えんでも…」と思ってしまう。しかし、命をかけてまで信じるものがあることはすごいことで、自分にはそれがあるかと言われたら何ないことも問題なのかなと思ってしまう。著者、グレアム・グリーン自身も敬虔なクリスチャンだからこそ、無視することはできない重大なテーマなのだ。
 
 結局、男は女への愛と神への愛との板ばさみに悩み、両方を断ち切ることができないまま答えを探し出すが、それはとても賢いとはいえない選択だった。それでも選んでしまうほど男の人生を狂わせたのは、2人の女性ではなく神の存在にほかならない。妻と永遠の愛を誓った神を裏切ることはできない。
 その神様でさえも恋愛感情をおさえることはできないと思うと、人間はバカだと思うけど、そこが人間しかない個性なんだろうなとも納得するしかない。
 
 そういう人間の構造も、もしかしたら神が仕組んだことなのかもしれない。だとしたら皮肉だ。

七号病室

 著者・見沢知廉氏の思いがぎっちぎちに詰め込まれた本だと思った。
 それは右翼・左翼運動にとりつかれた人の独特の考え方に、獄中でかかってしまうあらゆる精神病がミックスされた強烈な「思想」で、それが行間に溢れるほど挟まれていて読み続けているうちに吐きたくなる気分になるほどキツい。でも同時にこれだけの我の塊をあらゆる言葉で形、色、匂いを変えてひたすらつむぎだすパワーに圧倒されるが、それを通り越して怖さも感じる。
 2005年9月、46歳で亡くなった見沢氏。16歳で新左翼団体に入ったが、三島由紀夫に影響され新右翼に転向。政治運動のため殺害事件を起こして千葉刑務所へ。その獄中で書いた「天皇ごっこ」はコスモス文学賞を受賞し、出所後は作家として活躍した。この「七号病室」はその受賞作以前に書かれたもの。見沢氏は様々な精神薬も常用していて、その知識もふんだんに見沢氏の作品には活かされている。
 
 私と全く異なる世界で生きてきた見沢氏はどんな作品書くんやろ、というだけの興味本位で見沢氏の作品を読んできたが、それなりに楽しめた。しかしこの本は違う。知らない言葉もたくさん出てくるし「何いってんの?」と理解できないこともあるのに読むのをやめることできなかったのは、殺気めいた気迫に気持ちをぐっとつかまれてしまったからじゃないか、と。
 
 万人に勧められる本ではないけれど、殺気を感じる本というのも珍しい。少しでもその系統に興味のある人にはそれがわかっていただけるんじゃないかと思う。

毎日ネットしていると色々な情報を知ることができます。
ためになるもの、関心するもの、楽しいもの、疑問を持ってしまうもの。
でもうれしいものっていうのはなかなか見つけられない。
しかし今日、「おおっ!」とテンションが上がる情報を発見。

それは、村越周司のブログ(http://murakoshi.boo.jp/)

今から10年ちょっと前、村越さんは「モストデンジャラスコンビ」という名前でケンドーコバヤシとお笑いコンビを組んでいました。プロレス愛とシュールさ、そして村越さんの天才的な「一発ギャグ」を組み合わせたコントは一部の方からとても支持されていました。私ももちろん大ファン。しかし解散後、村越さんはこの世界から去っていきました。
今回のブログによると、本人は辞めてからもお笑いに未練はあったようで、得意の一発ギャグを武器に、今夏にライブでカムバックを目指しているそうです。
現在発売中のケンドーコバヤシのDVDにも出演して久々に一発ギャグを披露していますが「このキレのすごさったら。惜しいなあ…復活してほしいなぁ」と友人と話していただけに、この復活は願ったり叶ったり。

テレビのお笑い番組で、一発ギャグをするコーナーが出ると私も一応頭の中で考えてみる。そして口に出していってみるものの、やっぱりおもしろくない。そこに村越さんのような天才的なギャグやバッファロー吾郎のように大喜利でのおもしろ発言を聞くと、その発想の飛び具合に感動・尊敬しながらも、それをとおりこしてくやしい気持ちになってしまう。村越さんは私にとってそう思わせる数少ない芸人さんの1人でした。

ちなみに、この情報を見つけたのはバッファロー・竹若のHP
(http://www2.odn.ne.jp/~ganpaku-1970/page002.html)
「今回はやる気0じゃないようです」というコメントが。

心から復活を願ってます。ほんとに…。

ベルばら
宝塚歌劇団、5年ぶりの再演となる「ベルばら」。
宝塚で漫画のベルばらを知った人、また逆のパターンも多い(私は前者)。
マンガから抜け出たような舞台、というのは言いすぎかもしれないけれど、その華やかで優美な世界感を上手に再現している。
その工夫の1つは、舞台の周囲を彩るデコレイション。
マンガの1コマ1コマを忠実に表現しているように見えるし、舞台転換はページをめくっているような感じにすらしてしまう。

そして男装の麗人・オスカルと女性だけの劇団・宝塚という状況が見事にはまっているのが何よりも大きな魅力。オスカルのように、タカラジェンヌも男性になりきるためのしぐさ、気持ちを勉強しているから、はまるのも当然。

取材で色々なタカラジェンヌに話を聞く機会があるが、多く聞かれるのは「宝塚の舞台には、女性の理想とする憧れの世界が詰まっているんです。だから惹かれる女性のお客さまが多いんですよ」。
私も仕事で舞台を見るまでは「女が演じる男に憧れる?おかしーんじゃない。フリフリの衣装?きもーい」と思っていたが、実際見ると「かっこいい!素敵!!華やか!!!」と感激しきり。
女性にあくまでも紳士的で、情熱的な愛情をもって女性を包んでくれる主人公の男性たち…。

「そんなやつおらへんやろ!」
いいんです。だってここは夢の世界なのですから。

今公演は、オスカル役を各組の人気スターで役代わりするのもみどころ。
みなさんもぜひ見て!…といいたいのですが、すでにチケットは売り切れております。
そして宝塚の舞台を初めてみたとき、思ったことがもう1つ。
「食わず嫌いはもったいないな」。
兵庫・宝塚大劇場は1年間上演しています。機会があればぜひどうぞ。


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