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aku

JUGEMテーマ:読書 
*ネタバレ注意

ここ最近、多くなったなあと思うものの1つが過去のランキングを紹介する歌番組。
「なつかしの年代別ベスト10」「夏にききたくなるヒットソングベスト10」
「昭和ヒットランキング」…などなど。

企画の1つとして定着している歌番組を見ると「過去を何回も反芻してどうする」
という気になってしまうのですが、
なんでこの手の企画や番組が増えたのかと考えてみると、
ヒントはこの本の中にあるような気がします。

作家・重松清氏がライターとして取り組んだ、日本を代表する作詞家の一人、
阿久悠氏のヒットを産んだ背景である幼少時代からを追いかける作品。
重松氏の丁寧で、愛情と尊敬のこもった文章の熱さがひしひしと感じられます。


その中で、昭和時代ヒットを飛ばしてきた阿久氏がとたんにヒットを生み出せなくなる
ある分岐点がやってくることを示唆する部分があります。
その原因の1つであるのが、「ウォークマン」の登場。

阿久氏は著書で、
「本来、歌謡曲とはいかに聞く気のない人々の耳に飛び込み、一瞬で心を惹きつけ、
その音をまわりの人と共有させるかでその真価を発揮するものだ」
と書いています。

ウォークマンが登場するまでの時代は、音楽を聴く場所というのは確かにいたるところにありました。
商店街、バー、酒場、何気なく入った店舗で流れる有線放送、ラジオ…。
そこには必ず音と人がいた。音を共有する環境があった。
そこで「この曲いいな」と思った人たちが複数いて、音と一緒にそのときの状況・景色が
自分の中にすりこまれていく。

だからその曲が流れると、音とともに状況や景色が目の前にばあっと広がる。
どんなときでも。そして懐かしさや悲しさ、喜びをかみ締める。
その感情を、その曲が好きな複数の人たちはわかりあい、共感できる。

しかしウォークマンが登場して以降は、音は耳の中に直接飛びこんでくる。
電源を切れば、音は入らない。
流れてくる音を選択しているから、それ以外の音が入ることはまずない。
そして、そこから個々の時代に入っていき、人とぶつかるようなコミュニケーションが
希薄になってくると、さらに音を共有しずらくなってくる。

「歌は人々にぶつかり、跳ね返りながら、世の中を駆け抜けていくそうして
人から人へと乱反射しながら、さまざまな受け取り方をされてだんだんと広がっていくのだ」

自身の持論を証明したのが、皮肉にもウォークマンだったのです。


でも再び私たちは音を人と共有したがっているような状況になっていると感じます。
その証拠の1つとして見られるのが、歌番組の「なつかし・ランキング」企画でもあり、
野外フェスがぐんと増えたのも、もしかすると「音の共有」の形かもしれません。

今の時代に阿久氏がいたら、どんな作詞をしたんだろう。

敵
*ネタバレ注意


敬老の日の翌日、お坊さんがばあちゃん家にお経をあげにくるため、
両親と一緒にばあちゃん家へ行きました。
そこに父の弟であるおじさんもやってきて、めずらしく昼間から身内がそろうことに。

お経を聞きながら、おじいちゃんや大ばあちゃんをはじめ幼い頃にあったことのある
数少ない親戚を思い出しつつ、ここにそろう家族の今後、家族が今まで経験してきた
様々な問題、両親がもっていた私が知る限りの悩みや、今自身が抱える問題なんかも
ちょっと出したりしながら考えていくと、自身が持っている悩みとか問題なんて、
ご先祖の方々や両親、ばあちゃんからしたらハナクソ程度なのかなあと想像したりしました。


と、ここで思い出したのが読んだばかりのこの本。
私にとって白石一文氏の作品は、これが初読みとなります。


作者の亡くなった友人、K***氏が生前書いていた原稿という説明から、物語は始まります。
K***氏が綴ったとされるこの原稿を読んでいくと、かなり強烈な死生観が書かれています。
結婚していたにもかかわらず「私は子供たちのことも妻のことも愛してはいない」とはっきりと記し、
「人間は癌のような存在だ」としながら、生きることや死ぬこととは何か、人間とは何かを
自問自答しつづけます。

この内容に嫌悪感を抱く人もいるでしょうし、「そうだ」とある部分では納得する人もいると思います。
嫌悪感を抱きながらも、反発しながらも最後まで読んでしまえるのは、ゆるぎない話の根幹。
それは第二章を読むとわかる。第一章の痛烈な内容は、すべて第二章のためのものなのです。


本音と真実、妄想と現実は違います。
生きていると、それを混同したりしてしまいがちです。
そのせいで人は悲しんだり、犯罪を起こしたり、笑ったり、喜んだりする。

そういう動物であるということを自覚すること、
そして「生命に限りがあるというのはどういうことなのか」を考えることで
もっと生きやすく、強く、たおやかになれることを、この本で学びました。


私の中では「シャンタラム」に次いで、生きているうちに何回もページをめくる本になりました。
 

ave2

これからこの映画をご覧になる方へ。
何よりお伝えしたいのは、絶対に最後の最後まで席を立たないでくださいということ。
劇場内が明るくなるまで。

では以下、念のためネタバレ注意でどうぞ。



MARVELの人気者が集い結成された「アベンジャーズ」。
「アイアンマン」(ロバート・ダウニーJrはモロ好み)「ハルク」「マイティ・ソー」(このキャラ設定好き)「ブラック・ウィドウ」「ホークアイ」「キャプテン・アメリカ」。
それぞれがもった特殊能力を生かして、地球を守る壮大な物語。


「アイアンマン」だけは映画でずっと見てきた私と相方。
そこで相方から「あれ。この映画、アイアンマンの続編じゃないの?」と質問がありました。
「んー違うね。この映画はマーベルレーベルの特別編って感じ。日本で言うと「ドラゴンボール」の孫悟空とか「ガンダム」とか人気キャラが集まってる……感じ?」と説明しときました。

この映画が話題になり人気になったのは、マーベルアニメの人気物が1つの物語に集っているということが挙げられるでしょう。
とはいえ、日本でアメコミというのはあまり浸透していない感もあります(日本のアニメ・マンガがおもしろいからというのも理由にあるような…)
上のようなおぽんちな知識しかない私と相方のような者でも、充分に楽しめる娯楽作品。

ちなみに、後追いで自宅で借りてきた「ハルク」「マイティ・ソー」を見ました。
「ああ、これでこうなって、アベンジャーズにつながるのかあ」と腹落ち。
答え合わせしている気分でした。


この手の映画にはかかせない技術を駆使した映像はいわずもがな。
気持ち良いほどの爆破・戦闘シーンはスカッと気分爽快です。
そして何よりも「音」がいい。
いくら映像が進化したとはいえ、ホームシネマで爆音を響かせることは無理。
映画館っていいなあ、すごいなあと改めて思いました。


あと、見に行ったとき、劇場に外国人の団体の方たちがいらっしゃったのですが
劇中のジョークにすごい反応して思い切り声を挙げて笑っていました。
こういう見方もいいものね、とほほえましくなりました。

ステロイドUSA

昨日も書きましたが、とにかく12時すぎには我が家を出ないと、
暑さで干からびてしまうという夏の現状。

タバコを吸わない私にとって、喫茶店などのお供は本とMPプレイヤー。
たまに取材用書類持参といういこともありますが、飽きるとすぐ本を開いてしまう。
これがないと2〜3時間も過ごすことはできません。
逆に、これがあればいつまでーもいることができる。
飲み物お代わり2杯はあたりまえです。

そこで、ここ最近読んだ本をご紹介。


☆「アメリカは今日もステロイドを打つ USAスポーツ狂騒曲」
映画評論家、町山智浩氏による、アメリカスポーツ界のコラム。
ブレない、完璧な洞察力であらゆるアメリカスポーツ界を解き明かし、ときにはバカバカしいニュースも逃すことなく、見事にそのカラクリを暴く。

とにかく町山氏の本は、私たちの知らない「アメリカ」がたくさん書かれています。
アメリカ人も知らない、本当のアメリカがあります。
知っていそうで自分は何1つアメリカについて知っていなかったことに気付かされます。
その知らない部分に、私は多いに惹かれ、好奇心が常に刺激される。
「そういうことだったのか!」という爽快感と高ぶりを知ってしまうと、ぬけれない。
まるで麻薬のようです。


ただ、「わかりにくいニュースをわかりやすく解説する人」と町山氏はちょっと違います。
あちらのほうは、基本的に政治という大きな問題を解説してくれています。
確かにわかりやすいけども、聴いている自身とその内容にはるかな距離間を感じる。
だから「へーそーなんやー」と聴いた言葉は強風が吹けば一気に飛び散ってします。

しかし町山氏が本で取り上げるのは、黒人やブルーカラーなどアメリカの最底辺といわれる人たちが中心。このスポーツ業界にしても、登場する選手の生い立ちを辿ると、このどん底につきあたる。
なぜ、そこがどん底なのか。なぜそうなってしまったのか。
それこその要因は政治、人種問題、アメリカの歴史など様々。そこを説明するからこそ、本当のアメリカが見えるし、より身近に感じることができるのです。

これと、「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか 超大国の悪夢と夢」を、
アメリカ留学を控えている人には、必ず熟読してほしいです。


☆「私を脱がせて」
ご存知、カルーセル麻紀女史の自伝本。
大麻所持容疑の逮捕の詳細から、生まれ出てきた性から、女性へと変換し、
その後の活躍ぶり、人間関係をかなり詳細に紐解いています。

芸能界でも「ミスターレディ」の先駆者だった彼女。
苦労の連続だったのはもちろんですが、とにかくタフ。
このタフさがないと、まだまだ性に対して閉鎖的だった頃の日本ではやっていけないということが
ひしひしと感じられます。
でも彼女は終始かろやかに、あでやかにこの体験を綴ります。
「まー大変なこと色々あったけど、いいのよ」
このひと言で全てを丸く納めてしまう。この度量も彼女の魅力なのかなと思います。

本当に冷静に内容を思い返すと、普通の人ではできないようなことをやってのけている彼女。
その動力は美しさへの憧れと、ヌードダンサーであることへの誇り。
そもそも、性転換手術をした理由も「踊るときに男性器が邪魔でヌードになることができない」という
ダンサーとしての欲望も強かった彼女。
プロ根性と美への追及。これが彼女の人生の全てなのかもしれません。

芸能界で活躍しだすと、あらゆる男性たちが彼女に対して「セックスさせろ」と
言い寄ってくるのですが、その理由が「ミスターレディーはどんなものか試してみたい」という
あからさまな好奇心。
こういうところは男性って普遍的に変わらないのかねーとあきれます。



ちなみに、基本的に購入するのは文庫です。ハードカバーは扱いずらいし、かさばるし、
保管スペースも、狭い我が家ではあまりないのです…。
カルーセル麻紀女史の本は、友人から借りました。ありがとう!姉さんナイスチョイス!

長くなりました。続きはまた後日。

かあちゃん
JUGEMテーマ:読書 

*ネタバレ注意*


毎回、必ず泣くドラマがあります。
それは「金八先生」。
ドラマってわかってる。作り物ってわかってる。
でも、もうたまらない。
金八先生が生徒のために全身をかけて挑み、右往左往する。
その姿に涙が止まらない。

一方、相方が見ていたドラマ中で、男女の恋愛的なシーンがありました。
別れるかなんだかの場面だったような気もします。
すると相方は、それを見ている私にむかって言いました。「こういうのは泣かないんやな」

ふと考えました。
私はなぜ金八先生で泣くのか。なぜ恋愛的なものでは泣かなかったのか。

そこの決定的な違いは、きっと「無償の愛」。

何があろうとも、相手がどんな人であろうとも、
信じて、信じて、信じつくして、ただただ愛を一心に注ぐ。
その姿にバチーンと衝撃を受け、かなわないなとあきらめ、
わなわなと涙腺をゆるがせるのだと思います。



この小説には7人の母親と、その子どもたちが出てきます。
それぞれがどこかでつながっているけど、それぞれの母と子の関係は全く違う。

ただ1つ共通しているのは、母親の子どもへの「愛」。

どんな形であれ、母親は全て子どものために生きる。
子どもに母親は全てを捧げ、ただ一身に、まっすぐにぶつかっていき、
全力で教えて、守りぬこうとする。
素直じゃない愛、ちょっとかたよった愛、直球な愛、ひたむきな愛、ひかえめな愛……

どれもこれも、すべてが愛。むせかえるほどに。

読者は読みながら、自分の母をきっと思い出す。
本の中の母親に自分の母親を探す。


「世界中のすべてのひと。あらゆる時代の、あらゆる人。例外などない。
生まれてきた瞬間にいちばんそばにいてくれるひとは、どんな人間の場合も、母親なのだ。
思い出すことすらできない人生のいちばん最初の記憶に、母親がいる。」

そして、気付く。
自分の母はどこにもない、その人、ただ1人ということを。


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